音楽

2018年1月 6日 (土)

ピアノ・ブルース,最古の録音(4)

ブルース・アンド・ソウル・レコーズ誌138号(2017.10),日暮泰文氏の連載記事,リアル・ブルース・方丈記で,Lynn Abbott and Doug Seroff, The Original Blues, University Press Of Mississippi, 2017という本が出ていることを知った.その後,入手して少しずつひろい読みしている.少ししか読んでいないから,内容の全貌はわからないけれど,ブルース音楽発展の最初期,ブルースは黒人ヴォードヴィル・ショーで歌われていて,それがブルース音楽が広まる上で主要な役割を果たしたことを明らかにする,という本のようだ.

The Original Bluesでは,ヴォードヴィル・ショーで最初にブルースを歌い始めた芸人として,ストリング・ビーンズという愛称でも親しまれたバトラー・メイ(Butler May)という人物に焦点をあて,その経歴を詳細に追跡し,その後に録音されたブルースへの影響を明らかにしている.

その後のブルースへの影響といっても,これが難しい.バトラー・メイは,レイス・レコードが始まる前の1917年に亡くなってしまい,レコードは1つも残さなかった.また楽譜を出版することもなかった.彼はピアノ奏者としても評判だったが,自動ピアノのピアノ・ロールもない.これでは彼の芸,音楽は謎だらけだ.

The Original Bluesでは,その影響力を,まず歌詞の面から明らかにしている.彼の持ち歌にI got Elgine movement in my hips...という文句があって,これが多くの録音されたブルースで再利用されていることを著者は示している.これは,ある程度,バトラー・メイの影響力の証拠になるかもしれない.歌詞の面ではそういうことがあるとして,音楽面ではどうだろうか?

バトラー・メイの音楽を,音としてわずかに今日に伝えているのが,W・G・ヘンシェンが録音したSunset Medleyの途中で出てくる「タタタタタラララ...」部分なのだった.

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ピアノ・ブルース,最古の録音(3)

W・G・ヘンシェンのSunset Medleyの前半,A Bunch Of Bluesは,H・アルフ・ケリー(H. Alf Kelley)とJ・ポール・ワイヤー(J. Paul Wyer)が楽譜として1915年に発表している.このコンビにはThe Long Lost Bluesという作品もある.H・アルフ・ケリーという人はピアニストで音楽出版社所属のアレンジャーだそうだ(Peter C. Muir, Long Lost Blues, University of Illinoi Press, p.154).J・ポール・ワイヤー(J. Paul Wyer)は,フロリダ州ペンサコーラ出身のクラリネット奏者で,W・C・ハンディの楽団に所属して人気を博していた.

A Bunch Of Bluesの中身は,さらにThe Weary BluesString Beans Blues, Ship Wreck Blues, The Long Lost Blues, という4つの曲のメドレーになっている.4曲の中にはケリーとワイヤーの作もあれば,流行していた曲を採譜したものもある.

A Bunch Of Bluesを楽譜通り演奏したものがYouTubeで公開されている.

https://www.youtube.com/watch?time_continue=210&v=QrfBd-p7HOE

W・G・ヘンシェンのSunset Medleyは,このYouTube版よりずっと速いテンポで演奏されている.A Bunch Of Bluesの録音としては,W・C・ハンディの楽団によるオーケストラ版の録音もある(題名はBunch O Blues).

Sunset MedleyをリイシューしたCD,Archrophone ARCH1003には,CDと対になった同名の本,David Wondrich, Stomp And Swerve - American Music Gets Hot 1843-1924, Chicago Review Press, 2003が出ている.この本ではSunset Medleyの中で現れる下降旋律のフレーズを,「Cow Cow Bluesのように」と書いている.カウ・カウ・ダヴェンポートより7年くらい前の録音だから,共通する要素がずいぶん早く録音されていたことになる.この,同じ音を連打して,それから下降旋律になる,カナ文字で書けば「タタタタタラララ...」と聞こえる部分は,最初期のブルース音楽の伝播と流行について解き明かすためのキーになるかもしれない.

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2018年1月 5日 (金)

ピアノ・ブルース,最古の録音(2)

916年にSunset MedleyとCountry Club Medleyを録音したウォルター・グスタフ・ヘンシェン(Walter Gustav Haenschen)は,かなり有名な音楽家だった.その経歴はTim Gracyk, Popular American Recording Pioneers 1895-1925, The Haworth Pressに詳しく書かれている.

彼は1889年1月15日にセントルイスで生まれた.1912年に地元の大学を卒業するが,在学中から楽団を率いていた.ヘンシェンは1973年のインタビューで,その当時,地下酒場に潜入しては黒人ミュージシャンからラグの演奏を習っていた,と語っている.白人の若者でそんなことをしていた者としては早い方だったろう,とも言っている,まあ,時代は50年くらい違うが,マイケル・ブルームフィールドとか,そういう感じだろうか.

ヘンシェンは1916年に片面盤のプライベート・レコードを6枚作っている.最初の2枚が,T・T・シファーと組んだピアノ演奏でCountry Club Medley(60781)とSunset Medley(60782)だ.他の4枚は,W・G・ヘンシェンのバンジョー・オーケストラという名義になっている.これらの曲名と番号は,Honky Tonky(61068),I Left Her On The Beach At Honolulu(61069),Maple Leaf Rag(61070),Admiration(61071)となっている.Maple Leaf Ragはスコット・ジョプリンの有名なものだろう.Admirationというのは黒人作曲家/アレンジャー,ウィリアム・タイヤーの曲かもしれない.

その後,偽名を使ったりしながら作曲家として活動した後,Brunswickレコードに雇われ,ポピュラー音楽部門を監督するようになる.また,カール・フェントン(Carl Fenton)という芸名で,自らの楽団のレコードをかなり出している.フェントンというのはセントルイスの近くの地名からとったようだ.音楽家としては,ヘンシェンという名前よりも,カール・フェントンという名前で有名なようだ.

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2018年1月 4日 (木)

ピアノ・ブルース,最古の録音(1)

ブルース音楽の録音で,ピアノが演奏の中心になっているものは,どれほど古い時代まで遡れるのだろうか?

これではないか,というものがある.ピアノのW・G・ヘンシェン(W. G. Haenschen)とドラムのT・T・シファー(T. T. Schiffer)という,セントルイス在住のドイツ系白人の二人組が,1916年に録音したSunset Medley,およびCountry Club Medleyが,それだ.これらは,Columbiaレコード社からプライベート・レコード,つまりアーティストが製作費用を支払うことでプレスされるものとして作られたものだった.いずれも片面盤だったので,1枚で1曲,ということになる.

Sunset MedleyA Bunch Of BluesBabes In The Woodsという2曲のメドレーになっている.後半は違うが,前半はブルース形式になっているので,これぞピアノ・ブルース最古の録音,ということになる.軽快な音楽で,1920年代以降に録音されるピアノ・ブルース/ブギウギというより,初期の白人ジャズ,というものではある.それでも,部分的には,その後レース・レコードに録音された多くのブルース曲と共通する要素が記録されていて,それはブルース音楽の成立過程を考えるヒントになるかもしれない.

Country Club Medleyは,実はSunset Medleyとほぼ同じもので,別テイクのような感じだ.

Sunset MedleyStomp And Swerve, Archeophone ARCH1003というCDで復刻されているほか,ダウンロード販売もされている.Country Club Medleyの方もディジタル・リイシューされていて,ダウンロード販売されている.

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2013年1月 2日 (水)

Bill Baileyとプロト・ブルース(3)

戦前ブルースのディスコグラフィ,Blues & Gospel Records 1897-1943を見ると,Bill Bailey, Won't You Please Come Home?の古い録音としてピート・ハンプトンのものが出ている.ピート・ハンプトンというのは1871年ケンタッキー生まれの黒人芸人で,1903年英国に渡ると,1911年まで,ヨーロッパでかなりの量の録音を残している.録音したものの多くはクーン・ソングのようで,レース・レコード以前に録音した黒人アーティストということで,珍しいには違いない.

ピート・ハンプトンかあ,リイシューがほとんどないから聞けないだろうな,と思っていた.ところが,1904年録音のBill Bailey, Won't You Please Come Home?がCD,From Ragtime To jazz Volume 3 1902-1923, CBC 1-070で出ていた.ハンプトンはハーモニカを吹くし,バンジョーもできたようだが,ここでは歌に専念している.伴奏はラグタイム・ピアノだけで,途中,泣きまね入りの語りも入って,ハンプトンの芸の様子が多少なりとも分かる.

このハンプトンの録音は,だいたい楽譜に忠実と思われる.Won't you come home, Bill Bailey...というコーラスの部分は戦後に録音した連中と同じだが,最初の12小節の構成の部分も歌われる.ミュアのLong Lost Blues, University of Illinois Pressを見ると,この部分に関し,Frankie And Johnnyとはコード進行の点でもメロディの点でも全然違うけれど,The Ballad Of Boll Weevilとは共通点があるとしている.まあ,聞いた感じでは,よく分からないのだけれど.

もう少し古い録音としては,ボブ・ロバーツという白人歌手が1903年に録音したものがカリフォルニア大学サンタバーバラ校のアーカイヴで聞ける.

Long Lost Bluesを見ると,ヒューイ・キャノンが楽譜として出版した曲の中では,1901年のYou Needn't Come Homeとか1904年のHe Done Me Wrongとかにプロト・ブルースの特徴が顕著なようだけど,この辺は有名でないとみえて,録音を聞いたことがない.

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2012年12月24日 (月)

Bill Baileyとプロト・ブルース(2)

ヒューイ・キャノンのBill Bailey, Won't You Please Come Home?という歌だけれど,昔の楽譜を次のところで見ることができる.

http://library.duke.edu/rubenstein/scriptorium/sheetmusic/n/n09/n0971/

この,表紙を見ると,いかにもクーン・ソングという雰囲気だ.クーン・ソングは,ラグタイム時代の,もともとは黒人の生活習慣を誇張してバカにして笑いをとる,みたいなジャンルだったのが,やがて黒人にもコミカルな内容が受けるようになっていったもの,と理解している.

このBill Bailey, Won't You Please Come Home?,ずいぶん色々な連中に歌われている.白人ポップ歌手のボビー・ダーリンやジャズ方面の歌手なども録音している.自分の関心がある歌手では,アレサ・フランクリン,リトル・ウィリー・ジョン,ヘレン・ヒュームズ,ビッグ・ビル・ブルーンジーのバージョンを聞くことができた.

ヘレン・ヒュームズのものはベニー・カーターらジャズ屋をバックにした1959年の録音(Tain't Nobody's Biz-ness If I Do, Contemporary OJCCD-453-2)で,まるっきりジャズ仕様だ.同じようにジャズ的な作りなのがアレサ・フランクリンのものだ.彼女がColumbia在籍中,1965年に録音したものだ(The Queen In Waiting :: The Columbia Years 1960-1965, Sony SICP8072-3).これらのバージョンでは,Bill Baileyというのはジャズの曲のように聞こえるのだが,実はジャズが成立するよりも古い時代のクーン・ソングなのだ.

一方,1964年のリトル・ウィリー・ジョンのバージョン(Heaven All Around Me - The Later King Sessions 1961-1963, Ace CDCHD 1221)は,1960年代のR&Bとして違和感ないアレンジがされている.CDの解説書が指摘するように,ちょっとニューオーリンズ風味もある.

ビッグ・ビル・ブルーンジーは何度か録音している.1951年にはMercuryにビッグ・クロウフォードのベースだけをバックに,弾き語りに近いスタイルで録音している.これはそれなりに楽しく聞ける.ミシシッピ・ジョン・ハートも録音したことがあったようだし(未発表),ギターを持ったソングスターのレパートリーになることもあったのではないかな.

これらの1950年代,1960年代の録音を聞いても,プロト・ブルースらしさはよく分からない.Bill Baileyという曲,12小節の構成を持つ部分と,コーラスの部分があって,楽譜を見ると後者は16小節の構成に基づいているようだ.この16小節というのはラグタイムの定型から来てるんじゃないかと思う.それで,上に挙げた録音は,このコーラス部分だけを使っている.一方,ピーター・ミュアの本Long Lost Bluesでプロト・ブルースとして考察されているのは12小節のヴァースなのだが,戦後録音ではそこを歌わないようだ.

しかし,もっと古い録音では12小節の構成をした部分も歌われている.

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Bill Baileyとプロト・ブルース(1)

ブルースの,定型の12小節の構成,あれがどうやってできたのか.昔のことで,証拠がよく分からないのだから,簡単に結論しないのがよろしいと思っている.

ブルース学者のデイヴィッド・エヴァンスは,Big Road Blues (Da Capo)でブルース形式の起源について考察していて,フィールド・ハラーの要素と共に,ブルース・バラッドで使われる和音の伴奏との関連を論じている.ブルース・バラッドというのはFrankie And Albertとか,John Henryとか,Stackoleeとか,Railroad Billとか,そういうの.昔のブルースマンはよく歌いますな,こういうのを.プリ・ブルース,プロト・ブルースという言い方もある.

この手のプロト・ブルースと共通の構造を持つ曲が,1890年代から楽譜で出版されている,とピーター・C・ミュアのLong Loast Blues (The University of Illinois Press)は記している.これらの曲は12小節の構造など持っていて,ブルース形式成立との関連から注目すべき,というのは納得できる.ミュアは,これらの楽譜として出たものの中で半分近くを書いているヒューイ・キャノン(Hughie Cannon)という人物に注目している.

Hughiecannon_3 ヒューイ・キャノンという人は,1877年デトロイト生まれの白人で,優秀なラグタイム・ピアニストだったそうだ.彼の生涯は,作曲者としてヒット曲があったのに,幸福でもなかったようだ.アルコール依存になり,1912年に35歳の若さで亡くなっている.

ヒューイ・キャノンの一番有名な作品は,Bill Bailey, Won't You Come Home?という曲だ.ミュアのLong Loast Bluesはこの曲もプロト・ブルースの構造を持っているとして,よく歌われるブルース・バラッドThe Ballad Of The Boll Weevilと比較している.

このBill Bailey, Won't You Come Home?という歌,1902年に出版され,当時のヒット曲で続編みたいな曲も作られた.誰か録音してないか,と思ったら,その後何十年ものあいだ多くのアーティストが録音したアメリカン・ポピュラー・ソングのスタンダードだった,ということが分かった.

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2012年11月24日 (土)

2013年カレンダー

Blues Imageの2013年カレンダーを注文して,届いた.この何年か買ってなかったのだけど,今年はフレディ・スプルーイルの初リイシュー曲が付属CDに入る,という話なので,それはどうしたって気になる.

さて,そのCD,「フレディ・スプルーイルとウォッシュボード・サム」名義で,2曲入っている.それを聞くと...これ,歌っているのはフレディ・スプルーイルじゃないな.

その2曲,Ocean BluesとY.M.V. Blues,Blues And Gospel Records 1890-1943にはフレディ・スプルーイルの項には出ていない.では,どうなっているかというと,ウォッシュボード・サムの項に出ている.ウォッシュボード・サムの名前で出たレコードで,スムースな歌を聞かせているのは彼,というわけ.1935年の録音で,フレディ・スプルーイルはギターで参加している.ギターは二人いて,ステディにリズムを刻んでいるのがスプルーイルだろうかね.

スプルーイルの,あのえぐい歌が聞けない点ではびみょーな感想だが,まあ仕方ない.ウォッシュボード・サムだって悪くないしねえ.

さて,それ以外で自分的に好きなのはハラム・スカラム(Harum Scarum)のAlabama Scratch Parts 1 & 2.ユニット名のharumscarumというのは辞書に出ている言葉で,無鉄砲とか訳語が出ている.脳天気な名前のこの人たち,ホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス(Hokum Boys And Jane Lucas)と同じだ.つまり,モーツェル・アルダーソンのおしゃべり,ビッグ・ビル・ブルーンジーのギター,ジョージア・トム・ドーシーのピアノというメンバーで,Championで録音するときはホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカスといって,Paramountに録音するときはハラム・スカラムになる,ということらしい.

それでAlabama Scratch Parts 1 & 2,既にWolfでCD化されていたが,音質が極悪だった.このカレンダーの付属CD,やっぱり原盤の雑音が多い(Paramountならでは?)けれど,だいぶマシ.曲の方はPart 1はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義で録音したHip Shakin' Strut,Part 2はHokum Stompと同じだ.演奏の奔放さ,リラックスしたノリノリの雰囲気はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義のもの以上で,これは素晴らしい.モーツェル・アルダーソンが本気で笑ってるんだもの.

他ではローラ・ラッカーの戦前録音は初めて聞いたかな.いろいろ関心の無かった人たちもひとりでに聞けるね.

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2012年11月18日 (日)

ブルドッグでも牛乳屋でも

リトル・ブラザー・モンゴメリーは歌う.

ブルドッグではないし
ブルドッグの息子でもないけれど
ブルドッグが来るまで
僕がワンコになってあげるよ

トボけた歌詞で,可笑しい.これは彼が1960年に録音してMagpieのLP,The Piano Blues - Unissued Recordings Vol.1 'These Are What I Like', Magpie PY4451に入っているI Ain't No Bulldogだ.

この「〜ではないし〜の息子でもないけど,〜がいない間自分が代わりに...」というパタンの歌は,1920〜30年代によく録音されている.ポール・オリバーはScreening Blues, Da Capoという本のThe Blue Bluesというセクションで,この歌詞が広く分布していたことを指摘している.

オリバーの本に出てくるのはジム・ジャクソンのI'm Wild About My Lovin'(I ain't no iceman, no iceman's son...),とボ・カーターのAll Round Man(Now I ain't no butcher, no butcher's son...)だけれど,これ以外にもある.

アイヴィ・スミスとカウ・カウ・ダヴェンポートのコンビが1930年に録音したMilkman Bluesもそうだ.アイヴィ・スミスはこういうスロー・ブルースで結構良い味を出す.女の歌手なんだけど,歌詞は男の立場で歌われているようで,「なんとかでも,なんとかの息子でもない」という形式になっている.

牛乳屋ではないし
牛乳屋の息子でもないけれど
牛乳屋が来るまで
僕がクリームをあげよう

ってヘンな歌だよ,これ.カウ・カウ・ダヴェンポートは同じ歌をI Ain't No Ice Manというタイトルで1938年にも録音している.

オリバーがScreening Bluesの中で示しているも一つの例は,ドロシー・スカーボローという人が1925年に出版した本に出ているものだ.「数年前に有色人種のメイドが歌っていたものとしてテキサス州の婦人が提供した」ということだから1910年代後半くらいのことを記録したものだろう.

医者ではないし
医者の息子でもないけれど
医者が来るまで
僕が熱をさましてあげる

同じ歌詞がアイヴィ・スミスのMilkman Bluesにも出てくる.この例で面白いのは,この後,後半の歌詞が“Oh tell me how long...”とHesitation Bluesになることだ.その後のHesitation BluesやHesitating Bluesでこの歌詞が使われているような気がしないが,そんなやり方もあったのだろう.

このパタンの歌詞の古い記録は他にもある.楽譜として出版されたブルースの研究書,Peter C. Muir, Long Lost Blues, University of Illinois Pressで読んで初めて知ったことだが,1916年にルイス・E・ゼラー(Louis E Zoeller)という人物が出版したThe German Blues: It's Naturalというのがそれだ.同書の著者が言う通り,1910年代後半以降の楽譜になったブルースは,民衆の(folk)のブルースがレコード上に現れる以前の貴重な記録になっている.

ブルースの歌詞の足跡をたどっていったら,どうやら1910年代までたどりついたという,そういうお話で.

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2012年11月 9日 (金)

ハワイアンなブルース

気になることが本に出ていて,それはDavid Wondrich, Stomp and Swerve - American Music Gets Hot, A Capella Bookという本なのだが,その153ページ,ラグやブルースとハワイアン音楽との親和性みたいなことを指摘して,「実際,初めてレコードにギター・ブルースを記録したのは,ハワイ人フランク・フェレラ(Frank Ferera)で,1915年のことだった」と言っている.何だ,これ,と思った.そんなのあったのか,と.ところが,これ,調べてみたら既にCDで聞いていた録音だった.

とりあえずフランク・フェレラって何だろう,と思い,彼の録音が入ったJSPの4枚組CDを買ってみた.しかし,いいんだろうか,自分がハワイアンのCDなんか買って.どう考えたって自分向きじゃなくて,ひどく間違ったことをしてるみたいだが.

そのCD,フェレラの録音ではSt. Louis Bluesなんかも入っているが,これは1915年でもなさそう.ディスコグラフィカルなデータがなくてよく分からんのだけどね.解説書には簡単な経歴が書いてあって,フェレラという人は1885年ホノルル生まれ,1902年に島を出ると日本を含む色々な国で演奏やら録音やらをしたそうな.へえ,日本まで来てたのか.

よく分からなくて調べていたら,彼は1916年に奥さんのヘレン・ルイーズ(Helen Louise)と共にVictorにSouthern Bluesという曲を録音していることが分かった.彼は1924年にもSouthern Bluesを録音していて,そのMP3をここで聞ける.

ということまで分かったところで,ハワイアンなSouthern Bluesって,あれか,あれだったのか,と気がついた.DocumentのCD,Too Late, Too Late Vol.4に入っているUnknownsがLittle Wonderレーベルに1915年に吹き込んだ同名曲,これ,フランク・フェレラだろう.そうに違いない.これはギター・デュオで,多分もう一人のギタリストは奥さんのヘレン・ルイーズなんだろう.途中ちょっとMemphis Bluesっぽいメロディーになったりもする曲で,確かにブルースに基づいていると思われる.

さて,ハワイアンのギターというと,四角くて,アンプにつなげるのを思い浮かべるが,ギターアンプがなかった頃はどうしていただろう.1915年だと,アンプって無かったと思う.これはフランク・フェレラの写真を見たら謎が解けた.膝の上にアコースティックのギターを寝かせて弾いてたんだ.この格好を見ると,昔のハワイアンって,ブルース屋のブラック・エイスとかオスカー・ウッズとか,そういうのと同じようなカタチだったんだね.

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