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2012年11月

2012年11月24日 (土)

2013年カレンダー

Blues Imageの2013年カレンダーを注文して,届いた.この何年か買ってなかったのだけど,今年はフレディ・スプルーイルの初リイシュー曲が付属CDに入る,という話なので,それはどうしたって気になる.

さて,そのCD,「フレディ・スプルーイルとウォッシュボード・サム」名義で,2曲入っている.それを聞くと...これ,歌っているのはフレディ・スプルーイルじゃないな.

その2曲,Ocean BluesとY.M.V. Blues,Blues And Gospel Records 1890-1943にはフレディ・スプルーイルの項には出ていない.では,どうなっているかというと,ウォッシュボード・サムの項に出ている.ウォッシュボード・サムの名前で出たレコードで,スムースな歌を聞かせているのは彼,というわけ.1935年の録音で,フレディ・スプルーイルはギターで参加している.ギターは二人いて,ステディにリズムを刻んでいるのがスプルーイルだろうかね.

スプルーイルの,あのえぐい歌が聞けない点ではびみょーな感想だが,まあ仕方ない.ウォッシュボード・サムだって悪くないしねえ.

さて,それ以外で自分的に好きなのはハラム・スカラム(Harum Scarum)のAlabama Scratch Parts 1 & 2.ユニット名のharumscarumというのは辞書に出ている言葉で,無鉄砲とか訳語が出ている.脳天気な名前のこの人たち,ホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス(Hokum Boys And Jane Lucas)と同じだ.つまり,モーツェル・アルダーソンのおしゃべり,ビッグ・ビル・ブルーンジーのギター,ジョージア・トム・ドーシーのピアノというメンバーで,Championで録音するときはホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカスといって,Paramountに録音するときはハラム・スカラムになる,ということらしい.

それでAlabama Scratch Parts 1 & 2,既にWolfでCD化されていたが,音質が極悪だった.このカレンダーの付属CD,やっぱり原盤の雑音が多い(Paramountならでは?)けれど,だいぶマシ.曲の方はPart 1はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義で録音したHip Shakin' Strut,Part 2はHokum Stompと同じだ.演奏の奔放さ,リラックスしたノリノリの雰囲気はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義のもの以上で,これは素晴らしい.モーツェル・アルダーソンが本気で笑ってるんだもの.

他ではローラ・ラッカーの戦前録音は初めて聞いたかな.いろいろ関心の無かった人たちもひとりでに聞けるね.

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2012年11月18日 (日)

ブルドッグでも牛乳屋でも

リトル・ブラザー・モンゴメリーは歌う.

ブルドッグではないし
ブルドッグの息子でもないけれど
ブルドッグが来るまで
僕がワンコになってあげるよ

トボけた歌詞で,可笑しい.これは彼が1960年に録音してMagpieのLP,The Piano Blues - Unissued Recordings Vol.1 'These Are What I Like', Magpie PY4451に入っているI Ain't No Bulldogだ.

この「〜ではないし〜の息子でもないけど,〜がいない間自分が代わりに...」というパタンの歌は,1920〜30年代によく録音されている.ポール・オリバーはScreening Blues, Da Capoという本のThe Blue Bluesというセクションで,この歌詞が広く分布していたことを指摘している.

オリバーの本に出てくるのはジム・ジャクソンのI'm Wild About My Lovin'(I ain't no iceman, no iceman's son...),とボ・カーターのAll Round Man(Now I ain't no butcher, no butcher's son...)だけれど,これ以外にもある.

アイヴィ・スミスとカウ・カウ・ダヴェンポートのコンビが1930年に録音したMilkman Bluesもそうだ.アイヴィ・スミスはこういうスロー・ブルースで結構良い味を出す.女の歌手なんだけど,歌詞は男の立場で歌われているようで,「なんとかでも,なんとかの息子でもない」という形式になっている.

牛乳屋ではないし
牛乳屋の息子でもないけれど
牛乳屋が来るまで
僕がクリームをあげよう

ってヘンな歌だよ,これ.カウ・カウ・ダヴェンポートは同じ歌をI Ain't No Ice Manというタイトルで1938年にも録音している.

オリバーがScreening Bluesの中で示しているも一つの例は,ドロシー・スカーボローという人が1925年に出版した本に出ているものだ.「数年前に有色人種のメイドが歌っていたものとしてテキサス州の婦人が提供した」ということだから1910年代後半くらいのことを記録したものだろう.

医者ではないし
医者の息子でもないけれど
医者が来るまで
僕が熱をさましてあげる

同じ歌詞がアイヴィ・スミスのMilkman Bluesにも出てくる.この例で面白いのは,この後,後半の歌詞が“Oh tell me how long...”とHesitation Bluesになることだ.その後のHesitation BluesやHesitating Bluesでこの歌詞が使われているような気がしないが,そんなやり方もあったのだろう.

このパタンの歌詞の古い記録は他にもある.楽譜として出版されたブルースの研究書,Peter C. Muir, Long Lost Blues, University of Illinois Pressで読んで初めて知ったことだが,1916年にルイス・E・ゼラー(Louis E Zoeller)という人物が出版したThe German Blues: It's Naturalというのがそれだ.同書の著者が言う通り,1910年代後半以降の楽譜になったブルースは,民衆の(folk)のブルースがレコード上に現れる以前の貴重な記録になっている.

ブルースの歌詞の足跡をたどっていったら,どうやら1910年代までたどりついたという,そういうお話で.

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2012年11月 9日 (金)

ハワイアンなブルース

気になることが本に出ていて,それはDavid Wondrich, Stomp and Swerve - American Music Gets Hot, A Capella Bookという本なのだが,その153ページ,ラグやブルースとハワイアン音楽との親和性みたいなことを指摘して,「実際,初めてレコードにギター・ブルースを記録したのは,ハワイ人フランク・フェレラ(Frank Ferera)で,1915年のことだった」と言っている.何だ,これ,と思った.そんなのあったのか,と.ところが,これ,調べてみたら既にCDで聞いていた録音だった.

とりあえずフランク・フェレラって何だろう,と思い,彼の録音が入ったJSPの4枚組CDを買ってみた.しかし,いいんだろうか,自分がハワイアンのCDなんか買って.どう考えたって自分向きじゃなくて,ひどく間違ったことをしてるみたいだが.

そのCD,フェレラの録音ではSt. Louis Bluesなんかも入っているが,これは1915年でもなさそう.ディスコグラフィカルなデータがなくてよく分からんのだけどね.解説書には簡単な経歴が書いてあって,フェレラという人は1885年ホノルル生まれ,1902年に島を出ると日本を含む色々な国で演奏やら録音やらをしたそうな.へえ,日本まで来てたのか.

よく分からなくて調べていたら,彼は1916年に奥さんのヘレン・ルイーズ(Helen Louise)と共にVictorにSouthern Bluesという曲を録音していることが分かった.彼は1924年にもSouthern Bluesを録音していて,そのMP3をここで聞ける.

ということまで分かったところで,ハワイアンなSouthern Bluesって,あれか,あれだったのか,と気がついた.DocumentのCD,Too Late, Too Late Vol.4に入っているUnknownsがLittle Wonderレーベルに1915年に吹き込んだ同名曲,これ,フランク・フェレラだろう.そうに違いない.これはギター・デュオで,多分もう一人のギタリストは奥さんのヘレン・ルイーズなんだろう.途中ちょっとMemphis Bluesっぽいメロディーになったりもする曲で,確かにブルースに基づいていると思われる.

さて,ハワイアンのギターというと,四角くて,アンプにつなげるのを思い浮かべるが,ギターアンプがなかった頃はどうしていただろう.1915年だと,アンプって無かったと思う.これはフランク・フェレラの写真を見たら謎が解けた.膝の上にアコースティックのギターを寝かせて弾いてたんだ.この格好を見ると,昔のハワイアンって,ブルース屋のブラック・エイスとかオスカー・ウッズとか,そういうのと同じようなカタチだったんだね.

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2012年11月 3日 (土)

Buddy Bolden's BluesとSt. Louis Tickle (2)

我が家にあるミシシッピ・ジョン・ハートによるFunky Buttの録音は,1963年7月の録音で,D.C. Blues - The Library Of Congress Recordings Vol. 1, Fuel 302 061 407 2というCDに入っている.

そのジョン・ハートの歌はこんな風に始まる.

I thought I heard somebody say, "funky butt, stinky butt, take it away."

一方,リトル・ブラザー・モンゴメリーのは

I thought I heard somebody say, "She's nasty, dirty, take her away."

それでジェリー・ロール・モートンの国会図書館録音は,

I thought I heard Buddy Bolden say, "Dirty, nasty, stinky butt, take it away."

...うむ,Funky ButtもBuddy Bolden's Bluesも,同じものですな.歌の文句や音楽は少しずつ違うが,人から人に伝わる過程で,変化したんだろう.Funky Buttという曲名は,歌の文句からついたものと思われる.お下品な歌詞みたいだが,それが民衆の間に広まる歌らしいとも言える.

さて,ArcheophoneのCD,Stomp And Swerveと同名の本,David Wondrich, Stomp And Swerve - American Music Gets Hot 1843-1924, A Cappella Books,が出ていて,本を見ながらCDを聞くとちょうど良く出来ている.St. Louis Tickleについて本の方にも記述がある.この曲は1904年にバーニーとシーモア(Barney & Seymore)が著作権を取得しているが,彼らについて何も分からないという.彼らはミズーリの白人ピアニスト/バンドリーダーのセロン・キャトレン・ベネット(Theron Catlen Bennett)からパクったともいうが,ベネット作というのも当てにならないらしい.CDの方はバーニーとシーモアとはベネットの変名のようになっている.本の結論は,誰々が書いたとは言えない「民衆のラグ(folk rag)」である,というものだ.

一方,ジェリー・ロール・モートンは主張している.「この曲が書かれたのは1902年頃のことなんだが,これははっきり言わないといけないが,後になって,誰かが盗んでSt. Louis Tickleという題名で出版したんだ.それでも,古手のミュージシャンだったらみんな,これがバディ・ボールデンの曲だったと知っている.本当に偉大なラグタイム・トランペット・マンだった.」(Alan Lomax, Mister Jelly Roll, Pantheon Books, 引用終わり)

モートンが言うようにバディ・ボールデンという人が作ったのか,あるいは他の誰かが歌っていたのをボールデンが演奏するようになったのか,今となってはもう分からない.St. Louis TickleはBuddy Bolden's BluesまたはFunky Buttに他のフレーズを少々追加して出版したもののように思える.まあ,とにかく古い歌だ.

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