2013年1月 2日 (水)

Bill Baileyとプロト・ブルース(3)

戦前ブルースのディスコグラフィ,Blues & Gospel Records 1897-1943を見ると,Bill Bailey, Won't You Please Come Home?の古い録音としてピート・ハンプトンのものが出ている.ピート・ハンプトンというのは1871年ケンタッキー生まれの黒人芸人で,1903年英国に渡ると,1911年まで,ヨーロッパでかなりの量の録音を残している.録音したものの多くはクーン・ソングのようで,レース・レコード以前に録音した黒人アーティストということで,珍しいには違いない.

ピート・ハンプトンかあ,リイシューがほとんどないから聞けないだろうな,と思っていた.ところが,1904年録音のBill Bailey, Won't You Please Come Home?がCD,From Ragtime To jazz Volume 3 1902-1923, CBC 1-070で出ていた.ハンプトンはハーモニカを吹くし,バンジョーもできたようだが,ここでは歌に専念している.伴奏はラグタイム・ピアノだけで,途中,泣きまね入りの語りも入って,ハンプトンの芸の様子が多少なりとも分かる.

このハンプトンの録音は,だいたい楽譜に忠実と思われる.Won't you come home, Bill Bailey...というコーラスの部分は戦後に録音した連中と同じだが,最初の12小節の構成の部分も歌われる.ミュアのLong Lost Blues, University of Illinois Pressを見ると,この部分に関し,Frankie And Johnnyとはコード進行の点でもメロディの点でも全然違うけれど,The Ballad Of Boll Weevilとは共通点があるとしている.まあ,聞いた感じでは,よく分からないのだけれど.

もう少し古い録音としては,ボブ・ロバーツという白人歌手が1903年に録音したものがカリフォルニア大学サンタバーバラ校のアーカイヴで聞ける.

Long Lost Bluesを見ると,ヒューイ・キャノンが楽譜として出版した曲の中では,1901年のYou Needn't Come Homeとか1904年のHe Done Me Wrongとかにプロト・ブルースの特徴が顕著なようだけど,この辺は有名でないとみえて,録音を聞いたことがない.

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2012年12月24日 (月)

Bill Baileyとプロト・ブルース(2)

ヒューイ・キャノンのBill Bailey, Won't You Please Come Home?という歌だけれど,昔の楽譜を次のところで見ることができる.

http://library.duke.edu/rubenstein/scriptorium/sheetmusic/n/n09/n0971/

この,表紙を見ると,いかにもクーン・ソングという雰囲気だ.クーン・ソングは,ラグタイム時代の,もともとは黒人の生活習慣を誇張してバカにして笑いをとる,みたいなジャンルだったのが,やがて黒人にもコミカルな内容が受けるようになっていったもの,と理解している.

このBill Bailey, Won't You Please Come Home?,ずいぶん色々な連中に歌われている.白人ポップ歌手のボビー・ダーリンやジャズ方面の歌手なども録音している.自分の関心がある歌手では,アレサ・フランクリン,リトル・ウィリー・ジョン,ヘレン・ヒュームズ,ビッグ・ビル・ブルーンジーのバージョンを聞くことができた.

ヘレン・ヒュームズのものはベニー・カーターらジャズ屋をバックにした1959年の録音(Tain't Nobody's Biz-ness If I Do, Contemporary OJCCD-453-2)で,まるっきりジャズ仕様だ.同じようにジャズ的な作りなのがアレサ・フランクリンのものだ.彼女がColumbia在籍中,1965年に録音したものだ(The Queen In Waiting :: The Columbia Years 1960-1965, Sony SICP8072-3).これらのバージョンでは,Bill Baileyというのはジャズの曲のように聞こえるのだが,実はジャズが成立するよりも古い時代のクーン・ソングなのだ.

一方,1964年のリトル・ウィリー・ジョンのバージョン(Heaven All Around Me - The Later King Sessions 1961-1963, Ace CDCHD 1221)は,1960年代のR&Bとして違和感ないアレンジがされている.CDの解説書が指摘するように,ちょっとニューオーリンズ風味もある.

ビッグ・ビル・ブルーンジーは何度か録音している.1951年にはMercuryにビッグ・クロウフォードのベースだけをバックに,弾き語りに近いスタイルで録音している.これはそれなりに楽しく聞ける.ミシシッピ・ジョン・ハートも録音したことがあったようだし(未発表),ギターを持ったソングスターのレパートリーになることもあったのではないかな.

これらの1950年代,1960年代の録音を聞いても,プロト・ブルースらしさはよく分からない.Bill Baileyという曲,12小節の構成を持つ部分と,コーラスの部分があって,楽譜を見ると後者は16小節の構成に基づいているようだ.この16小節というのはラグタイムの定型から来てるんじゃないかと思う.それで,上に挙げた録音は,このコーラス部分だけを使っている.一方,ピーター・ミュアの本Long Lost Bluesでプロト・ブルースとして考察されているのは12小節のヴァースなのだが,戦後録音ではそこを歌わないようだ.

しかし,もっと古い録音では12小節の構成をした部分も歌われている.

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Bill Baileyとプロト・ブルース(1)

ブルースの,定型の12小節の構成,あれがどうやってできたのか.昔のことで,証拠がよく分からないのだから,簡単に結論しないのがよろしいと思っている.

ブルース学者のデイヴィッド・エヴァンスは,Big Road Blues (Da Capo)でブルース形式の起源について考察していて,フィールド・ハラーの要素と共に,ブルース・バラッドで使われる和音の伴奏との関連を論じている.ブルース・バラッドというのはFrankie And Albertとか,John Henryとか,Stackoleeとか,Railroad Billとか,そういうの.昔のブルースマンはよく歌いますな,こういうのを.プリ・ブルース,プロト・ブルースという言い方もある.

この手のプロト・ブルースと共通の構造を持つ曲が,1890年代から楽譜で出版されている,とピーター・C・ミュアのLong Loast Blues (The University of Illinois Press)は記している.これらの曲は12小節の構造など持っていて,ブルース形式成立との関連から注目すべき,というのは納得できる.ミュアは,これらの楽譜として出たものの中で半分近くを書いているヒューイ・キャノン(Hughie Cannon)という人物に注目している.

Hughiecannon_3 ヒューイ・キャノンという人は,1877年デトロイト生まれの白人で,優秀なラグタイム・ピアニストだったそうだ.彼の生涯は,作曲者としてヒット曲があったのに,幸福でもなかったようだ.アルコール依存になり,1912年に35歳の若さで亡くなっている.

ヒューイ・キャノンの一番有名な作品は,Bill Bailey, Won't You Come Home?という曲だ.ミュアのLong Loast Bluesはこの曲もプロト・ブルースの構造を持っているとして,よく歌われるブルース・バラッドThe Ballad Of The Boll Weevilと比較している.

このBill Bailey, Won't You Come Home?という歌,1902年に出版され,当時のヒット曲で続編みたいな曲も作られた.誰か録音してないか,と思ったら,その後何十年ものあいだ多くのアーティストが録音したアメリカン・ポピュラー・ソングのスタンダードだった,ということが分かった.

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2012年11月24日 (土)

2013年カレンダー

Blues Imageの2013年カレンダーを注文して,届いた.この何年か買ってなかったのだけど,今年はフレディ・スプルーイルの初リイシュー曲が付属CDに入る,という話なので,それはどうしたって気になる.

さて,そのCD,「フレディ・スプルーイルとウォッシュボード・サム」名義で,2曲入っている.それを聞くと...これ,歌っているのはフレディ・スプルーイルじゃないな.

その2曲,Ocean BluesとY.M.V. Blues,Blues And Gospel Records 1890-1943にはフレディ・スプルーイルの項には出ていない.では,どうなっているかというと,ウォッシュボード・サムの項に出ている.ウォッシュボード・サムの名前で出たレコードで,スムースな歌を聞かせているのは彼,というわけ.1935年の録音で,フレディ・スプルーイルはギターで参加している.ギターは二人いて,ステディにリズムを刻んでいるのがスプルーイルだろうかね.

スプルーイルの,あのえぐい歌が聞けない点ではびみょーな感想だが,まあ仕方ない.ウォッシュボード・サムだって悪くないしねえ.

さて,それ以外で自分的に好きなのはハラム・スカラム(Harum Scarum)のAlabama Scratch Parts 1 & 2.ユニット名のharumscarumというのは辞書に出ている言葉で,無鉄砲とか訳語が出ている.脳天気な名前のこの人たち,ホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス(Hokum Boys And Jane Lucas)と同じだ.つまり,モーツェル・アルダーソンのおしゃべり,ビッグ・ビル・ブルーンジーのギター,ジョージア・トム・ドーシーのピアノというメンバーで,Championで録音するときはホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカスといって,Paramountに録音するときはハラム・スカラムになる,ということらしい.

それでAlabama Scratch Parts 1 & 2,既にWolfでCD化されていたが,音質が極悪だった.このカレンダーの付属CD,やっぱり原盤の雑音が多い(Paramountならでは?)けれど,だいぶマシ.曲の方はPart 1はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義で録音したHip Shakin' Strut,Part 2はHokum Stompと同じだ.演奏の奔放さ,リラックスしたノリノリの雰囲気はホーカム・ボーイズとジェイン・ルーカス名義のもの以上で,これは素晴らしい.モーツェル・アルダーソンが本気で笑ってるんだもの.

他ではローラ・ラッカーの戦前録音は初めて聞いたかな.いろいろ関心の無かった人たちもひとりでに聞けるね.

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2012年11月18日 (日)

ブルドッグでも牛乳屋でも

リトル・ブラザー・モンゴメリーは歌う.

ブルドッグではないし
ブルドッグの息子でもないけれど
ブルドッグが来るまで
僕がワンコになってあげるよ

トボけた歌詞で,可笑しい.これは彼が1960年に録音してMagpieのLP,The Piano Blues - Unissued Recordings Vol.1 'These Are What I Like', Magpie PY4451に入っているI Ain't No Bulldogだ.

この「〜ではないし〜の息子でもないけど,〜がいない間自分が代わりに...」というパタンの歌は,1920〜30年代によく録音されている.ポール・オリバーはScreening Blues, Da Capoという本のThe Blue Bluesというセクションで,この歌詞が広く分布していたことを指摘している.

オリバーの本に出てくるのはジム・ジャクソンのI'm Wild About My Lovin'(I ain't no iceman, no iceman's son...),とボ・カーターのAll Round Man(Now I ain't no butcher, no butcher's son...)だけれど,これ以外にもある.

アイヴィ・スミスとカウ・カウ・ダヴェンポートのコンビが1930年に録音したMilkman Bluesもそうだ.アイヴィ・スミスはこういうスロー・ブルースで結構良い味を出す.女の歌手なんだけど,歌詞は男の立場で歌われているようで,「なんとかでも,なんとかの息子でもない」という形式になっている.

牛乳屋ではないし
牛乳屋の息子でもないけれど
牛乳屋が来るまで
僕がクリームをあげよう

ってヘンな歌だよ,これ.カウ・カウ・ダヴェンポートは同じ歌をI Ain't No Ice Manというタイトルで1938年にも録音している.

オリバーがScreening Bluesの中で示しているも一つの例は,ドロシー・スカーボローという人が1925年に出版した本に出ているものだ.「数年前に有色人種のメイドが歌っていたものとしてテキサス州の婦人が提供した」ということだから1910年代後半くらいのことを記録したものだろう.

医者ではないし
医者の息子でもないけれど
医者が来るまで
僕が熱をさましてあげる

同じ歌詞がアイヴィ・スミスのMilkman Bluesにも出てくる.この例で面白いのは,この後,後半の歌詞が“Oh tell me how long...”とHesitation Bluesになることだ.その後のHesitation BluesやHesitating Bluesでこの歌詞が使われているような気がしないが,そんなやり方もあったのだろう.

このパタンの歌詞の古い記録は他にもある.楽譜として出版されたブルースの研究書,Peter C. Muir, Long Lost Blues, University of Illinois Pressで読んで初めて知ったことだが,1916年にルイス・E・ゼラー(Louis E Zoeller)という人物が出版したThe German Blues: It's Naturalというのがそれだ.同書の著者が言う通り,1910年代後半以降の楽譜になったブルースは,民衆の(folk)のブルースがレコード上に現れる以前の貴重な記録になっている.

ブルースの歌詞の足跡をたどっていったら,どうやら1910年代までたどりついたという,そういうお話で.

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2012年11月 9日 (金)

ハワイアンなブルース

気になることが本に出ていて,それはDavid Wondrich, Stomp and Swerve - American Music Gets Hot, A Capella Bookという本なのだが,その153ページ,ラグやブルースとハワイアン音楽との親和性みたいなことを指摘して,「実際,初めてレコードにギター・ブルースを記録したのは,ハワイ人フランク・フェレラ(Frank Ferera)で,1915年のことだった」と言っている.何だ,これ,と思った.そんなのあったのか,と.ところが,これ,調べてみたら既にCDで聞いていた録音だった.

とりあえずフランク・フェレラって何だろう,と思い,彼の録音が入ったJSPの4枚組CDを買ってみた.しかし,いいんだろうか,自分がハワイアンのCDなんか買って.どう考えたって自分向きじゃなくて,ひどく間違ったことをしてるみたいだが.

そのCD,フェレラの録音ではSt. Louis Bluesなんかも入っているが,これは1915年でもなさそう.ディスコグラフィカルなデータがなくてよく分からんのだけどね.解説書には簡単な経歴が書いてあって,フェレラという人は1885年ホノルル生まれ,1902年に島を出ると日本を含む色々な国で演奏やら録音やらをしたそうな.へえ,日本まで来てたのか.

よく分からなくて調べていたら,彼は1916年に奥さんのヘレン・ルイーズ(Helen Louise)と共にVictorにSouthern Bluesという曲を録音していることが分かった.彼は1924年にもSouthern Bluesを録音していて,そのMP3をここで聞ける.

ということまで分かったところで,ハワイアンなSouthern Bluesって,あれか,あれだったのか,と気がついた.DocumentのCD,Too Late, Too Late Vol.4に入っているUnknownsがLittle Wonderレーベルに1915年に吹き込んだ同名曲,これ,フランク・フェレラだろう.そうに違いない.これはギター・デュオで,多分もう一人のギタリストは奥さんのヘレン・ルイーズなんだろう.途中ちょっとMemphis Bluesっぽいメロディーになったりもする曲で,確かにブルースに基づいていると思われる.

さて,ハワイアンのギターというと,四角くて,アンプにつなげるのを思い浮かべるが,ギターアンプがなかった頃はどうしていただろう.1915年だと,アンプって無かったと思う.これはフランク・フェレラの写真を見たら謎が解けた.膝の上にアコースティックのギターを寝かせて弾いてたんだ.この格好を見ると,昔のハワイアンって,ブルース屋のブラック・エイスとかオスカー・ウッズとか,そういうのと同じようなカタチだったんだね.

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2012年11月 3日 (土)

Buddy Bolden's BluesとSt. Louis Tickle (2)

我が家にあるミシシッピ・ジョン・ハートによるFunky Buttの録音は,1963年7月の録音で,D.C. Blues - The Library Of Congress Recordings Vol. 1, Fuel 302 061 407 2というCDに入っている.

そのジョン・ハートの歌はこんな風に始まる.

I thought I heard somebody say, "funky butt, stinky butt, take it away."

一方,リトル・ブラザー・モンゴメリーのは

I thought I heard somebody say, "She's nasty, dirty, take her away."

それでジェリー・ロール・モートンの国会図書館録音は,

I thought I heard Buddy Bolden say, "Dirty, nasty, stinky butt, take it away."

...うむ,Funky ButtもBuddy Bolden's Bluesも,同じものですな.歌の文句や音楽は少しずつ違うが,人から人に伝わる過程で,変化したんだろう.Funky Buttという曲名は,歌の文句からついたものと思われる.お下品な歌詞みたいだが,それが民衆の間に広まる歌らしいとも言える.

さて,ArcheophoneのCD,Stomp And Swerveと同名の本,David Wondrich, Stomp And Swerve - American Music Gets Hot 1843-1924, A Cappella Books,が出ていて,本を見ながらCDを聞くとちょうど良く出来ている.St. Louis Tickleについて本の方にも記述がある.この曲は1904年にバーニーとシーモア(Barney & Seymore)が著作権を取得しているが,彼らについて何も分からないという.彼らはミズーリの白人ピアニスト/バンドリーダーのセロン・キャトレン・ベネット(Theron Catlen Bennett)からパクったともいうが,ベネット作というのも当てにならないらしい.CDの方はバーニーとシーモアとはベネットの変名のようになっている.本の結論は,誰々が書いたとは言えない「民衆のラグ(folk rag)」である,というものだ.

一方,ジェリー・ロール・モートンは主張している.「この曲が書かれたのは1902年頃のことなんだが,これははっきり言わないといけないが,後になって,誰かが盗んでSt. Louis Tickleという題名で出版したんだ.それでも,古手のミュージシャンだったらみんな,これがバディ・ボールデンの曲だったと知っている.本当に偉大なラグタイム・トランペット・マンだった.」(Alan Lomax, Mister Jelly Roll, Pantheon Books, 引用終わり)

モートンが言うようにバディ・ボールデンという人が作ったのか,あるいは他の誰かが歌っていたのをボールデンが演奏するようになったのか,今となってはもう分からない.St. Louis TickleはBuddy Bolden's BluesまたはFunky Buttに他のフレーズを少々追加して出版したもののように思える.まあ,とにかく古い歌だ.

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2012年10月30日 (火)

Buddy Bolden's BluesとSt. Louis Tickle (1)

1960年代の話.後にレコード・プロデューサーになったブルース・ファン,ノーマン・デイロンはテープ・レコーダーをシカゴのクラブやマックスウェル・ストリートの路上などに持ち込んで,いろいろなブルース・アーティストのライヴ演奏を録音した.現在それらは色々なCDで聞くことができて,サニランド・スリムとJ・B・レノアがFuel,ロバート・ナイトホーク,ビッグ・ジョー・ウィリアムズ,ジェイムズ・コットンらがBullseye Blues,リトル・ジョニー・ジョーンズとビリー・ボーイ・アーノルドがAlligator,という具合だ.素晴らしい瞬間がいくつもあって,貴重な記録としか言いようがない.

これらのCDの一つに,Rare Chicago Blues, 1962-1968 (Bullseye Blues CD BB 9530) があって,このCDも結構古いんだけど,もっと昔はTK RootsのLPで出てた曲が入っている.それで,好きな曲の一つがリトル・ブラザー・モンゴメリーのBuddy Bolden's Blues.ブルースというか,プリ・ブルースみたいな曲なのだけど,モンゴメリーならではの哀愁が存分に味わえて,とても良い.

Buddy Boldenというのは録音することなく亡くなった(殺された)ニューオーリンズのトランペット奏者で,モンゴメリーは1920年代にニューオーリンズにいた頃覚えたのじゃないか,なんて想像する.ニューオーリンズ・ジャズ方面で有名な曲かもしれなくて,ジェリー・ロール・モートンも1938年に国会図書館に録音している.その他ジャズ屋さんの録音があるようだ.

ところで,1897年から1925年の,古い録音を集めたCD,Stomp And Swerve - American Music Gets Hot, Archeophone ARCH 1003を聞いていたら,いきなりBuddy Bolden's Bluesみたいなメロディーが出てきた.白人バンジョー奏者ヴェス・L・オスマン(Vess L. Ossman),マンドリン奏者オードリー・ダッドリー(Audley Dudley),それにハープギター(って何だ?)のトリオが1906年に録音したSt. Louis Tickleがそれだ.

調べてみたらSt. Louis Tickleというタイトルでは古い録音が結構あって,カリフォルニア大学サンタバーバラ校の蝋管(シリンダー)レコード・アーカイヴでは,ヴェス・L・オスマンのものが2バージョン(1906年と1910年の録音.CDに入ってるのとは違う),プリンスの楽団(1905年録音)のもの,が見つかる.それ以外にも,録音ではないが,ラグタイム作曲家のスコット・ジョプリンによる自動ピアノのピアノ・ロールなんてのもあった.

St. Louis TickleがBuddy Bolden's Blues似なのは,知っている人はとっくに知っていたことのようで,ArcheophoneのCDの解説書を見ると,「ジェリー・ロール・モートンはBuddy Bolden's Bluesという名前で覚えていて,またFunky Buttとして知っている人もある」と書いている.そうか,Funky Buttという題名もあるのか.

ウチにあるCDに,Funky Buttのタイトルで録音されたものが入っていた.ミシシッピ・ジョン・ハートのものだ.

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2012年10月27日 (土)

Do I Have to Hesitate? (4)

ポール・オリバーによれば,Must I HesitateとかHesitating Bluesとかいう歌は「W・C・ハンディーやルイヴィルからきたスマイズとミドルトンの双方が一九一五年に著作権を登録する前から,あちらこちらの土地で記録されている」(引用終り,ブルースの歴史,晶文社)ということだ.どこの土地でいつ記録されているのか,情報を持っていないけれど,オリバーが言う通りなのだろう.

いろいろとHesitation BluesやHesitating Bluesを聞いてきたけれど,だいたいハンディの歌詞や,スマイズとミドルトンの歌詞は使っていない.ほとんどが楽譜より前から歌われていた民衆版なのだと思う.それに,メロディーとTell me how long, do I have to wait?/...Do I have to hesitate?というキーフレーズだけを変えずに,残りの部分は歌う人が創作するとか,他の歌から借用してたんじゃないか,というところもあって,いろいろな歌詞で歌われているようだ.

自分的に一番よく聞いたHesitation Bluesはリトル・ブラザー・モンゴメリーのもので,それでHesitation Bluesっていいね,と馴染んだものだった.彼は何度か録音しているけれど,1960年にフランシス・ウィルフォード・スミスが録音してMagpieから出たものとか,1972年のStoryville録音とかを聞いていた.彼のはNow, mama, mama, can't you see...と始まって,もちろんハンディらが楽譜で発売したものとは異なる.

第二次大戦前のレース・レコードとして発売されたHesitation Bluesは,だいたい「民衆版」ではないかと思う.ウチにあるのを色々かき集めたら,こんな感じだ.

  • Sara Martin & Eva Taylor, Hesitation Blues (1923年7月), CD: Document DOCD-5395.
  • Sam Collins, Hesitation Blues (1927年8月), CD: P-Vine PCD-2431.
  • Walter "Buddy Boy" Hawkins, Voice Throwin' Blues (1929年6月), CD: Document DOCD-5035.
  • Jim Jackson, Hesitation Blues (1930年2月), CD: Document DOCD-5115.

これらの中で,ジム・ジャクソンだけは,Hello Central, what's matter with the line?とハンディ版の歌詞で始めるが,第2ヴァース以降は,I'm going to the river with a rope and rock...と別の歌詞になっていく.このジャクソンのものは軽快で歯切れ良く,爽快感がある.

サム・コリンズのも相当速いテンポで,歌詞はなんだかよく聞き取れないが,ジャクソンのものとは違うようだ.最初のヴァースはリトル・ブラザー・モンゴメリーの72年バージョンで途中に出てくるNow, take your hesitating stocking, take your hesitating shoe/He takes a hesitating woman, to sing those old hesitating bluesと同じとは言わないが,共通のところがあるように聞こえる.そうだとすればモンゴメリーのバージョンと緩やかにつながっていることになる.

タイトルではそれと分からないバディ・ボーイ・ホーキンズのものだが,途中で腹話術みたいに声色を使い分けるという,不思議な芸を聞かせる.サラ・マーティンとエヴァ・テイラーのコンビは,いかにも楽譜版ブルースを歌いそうなヴォードヴィル・ブルース歌手だが,意外にもハンディ版でもスマイズ/ミドルトン版でもない.ゆったりとしたテンポで,最初1ヴァース何かのブルースを付けて,それからHesitation Bluesの形式になる.これも歌詞は違うようだ.

フィールド・レコーディングのものもいくつかある.

  • Leadbelly, Hesitation Blues (1935年2月), CD: Rounder 1097.
  • Jelly Roll Morton, Hesitating Blues (1938年), CD: Rounder 1091.
  • Smith Casey, Hesitating Blues (1939年4月), CD: Document DOCD-5231.
  • David "Honeyboy" Edwards, Hellatakin' Blues (1942年7月), CD: Earwig 4922CD.

レッドベリーのは Got (?) hesitating stocking, hesitating shoe...で始まる.これはサム・コリンズのバージョンと共通するから,ルイジアナ州の一部では,この型だった,と言ってよいのかどうか...

ジェリー・ロール・モートンのはIf I was a whiskey and you was a duck...と始まるが,これは他の歌にありそうだ.リラックスした歌と演奏で,美しいピアノ・ソロもある.

テキサス州で刑務所暮らしをしていたスミス・ケイシーのは,I woke up this morning, half past four...とかT for Texas, T for Tennesseeとか,聞いたような歌詞をつなぎ合わせているようだ.この人は本名はケイシー・スミス,CDの解説書によると,服役中に「塀の中の30分」というラジオ番組を持っていたそうだ.囚人に放送させるなよ,無茶だなあ.

ハニーボーイ・エドワーズのは,Hesitating stocking, hesitating shoe/Hesitating woman, get your hesitating bluesというような文句を繰り替えして47秒で終わる.レッドベリー,サム・コリンズ,リトル・ブラザー・モンゴメリーのバージョンを並べると,この歌詞が民衆版Hesitation Bluesでは割と広まっていたもの,ということになるかな.

そういえばハニーボーイ・エドワーズ,東京の有楽町で見た.Hesitation Bluesなんてやらなかったと思うけど.あれは,いつのことだろう,と思ったら1978年,34年も前のことか.やれやれ,月日のたつのは早すぎるよ.

Sunnylandhoneyboyticket

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2012年10月26日 (金)

Do I Have to Hesitate? (3)

W・C・ハンディのThe Hesitating Bluesの方は出版と同じ年,1915年10月にプリンスのバンド(Prince's Band)が録音している.これもCD化されていて,ビクター・ミリタリー・バンドのHesitation Bluesと同じCDに入っている.ビクター・ミリタリー・バンドのバージョンと同様にインストゥルメンタルのダンス音楽として演奏されている.

プリンスのバンドを率いていたのはチャールズ・プリンス(Charles Adam Prince)で,この人は1869年サンフランシスコ生まれだそうだ.彼の楽団は1891年には録音したというから古い人だ.色々なダンス音楽のレコードを作っている中で,1910年にI'm Alabama Boundの録音があったのに驚いたものだ.

黒人のミュージシャンで,ハンディ版を最初に録音したのは誰だろう.ジェイムズ・リース・ユーロプ(James Reese Europe,カタカナ表記はこれでいいんですかね)の楽団が1919年3月に録音したものだろうか.その録音はCDで聞くことができる.1880年生まれの彼は,1913年には録音をしていて,ジャズ直前みたいな位置づけで重要視されている.彼はバンドリーダー,作曲家として成功していたようだが,運が悪いことに,1919年の5月に楽団のドラマーに刺し殺されてしまう.

1919年には初期のジャズ・バンド,アート・ヒックマン楽団(Art Hickman's Orchestra)の録音などもある.

さて,チャールズ・プリンスとかジェイムズ・ユーロプのバンドの録音は,大編成のバンドによるインストゥルメンタルだが,ハンディの出版した楽譜にはちゃんと歌詞もついている.楽譜はDavid A Jasen (Ed.), Beale Street And Other Classic Blues, Dover Publicationsに収められていて,その表紙は,ご婦人がクラシックな電話機で,いやクラシックといっても1915年としては最新のcandlestickタイプだろうけど,どこかに電話中,というイラストになっている.歌の文句は,“Hello Central, what's matter with this line?”と,電話の交換手に恋人への接続を申し込んでいるんだけど,嵐で回線が吹っ飛んでいて,というストーリーになっている.

Handyhesitatingblues

しかし,この最初の歌詞,誰かが歌っていたものを借用したんじゃないかね.“Hello Central”という文句,ブルースの歌詞にときおり出てくるのは,もともとよく歌われていたんだろう.ライトニン・ホプキンスとか,チャーリー・パットンのPony Bluesにも出てくるし,他にもある.スティーヴン・カルトは,Barrelhouse Words (University of Illinois press)の中で,Centralとは電話交換手の時代遅れの呼び方,としている.

また,カルトは,1901年の流行歌Hello Central, Give Me Heavenのせいでブルースの歌詞に“Hello Central”という文句が広まったのかもしれない,としている.ポール・オリバーも,この歌がブルースと黒人ポピュラーソングに影響したとしている(Songsters & Saints, Cambridge University Press).このHello Central, Give Me Heavenというのは,チャールズ・K・ハリスという人物が作って出版した歌だ.どんな歌かというと,カリフォルニア大学サンタバーバラ校の蝋管レコードアーカイヴで1901年録音や,1902年録音を聞くことができる.当然ながらブルースのブの字もない音楽なのだけど.

さて,カルトの本を見ても,なぜ交換手がCentralなのか分からない.これは,多分,電話が手動交換だった時代,交換手の居る電話局をcentral officeと言っていたからじゃないかと思う.“Hello Central”といったら「もしもし交換台」みたいなことだろう.

ハンディがHesitation Bluesを出版した1915年は,ぼつぼつ自動交換機が導入されていたはずだ.それでも,交換手に手動でつないでもらう,ということも普通にあったのだろう.

さて,Hello Centralで始まるW・C・ハンディのハンディのThe Hesitating Blues,歌ものとして最初に録音したのは,ニューオーリンズ出身の女性歌手,エスター・ビジョウ (Esther Bigeou) の1923年録音だろうかね.

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