書籍・雑誌

2017年9月17日 (日)

出版物から(2)

最近のLiving Blues誌,#250では,アレックス・ヴァン・デル・トゥーク(カタカナがこれでよいかどうか,分からない)のブラインド・ジョー・レイノルズに関する記事が面白かった.この記事はThe New Paramount Book Of Bluesという本からの抜粋なのだそうだが,その本はまだ見ていない.

ブラインド・ジョー・レイノルズは,1930年にParamountに録音したOutside Woman Bluesなどで知られている.ミシシッピ・ブルースのジャンルに分類されてきた人だ.録音後70年以上が経過した2001年になって,Ninety Nine Blues b/w Cold Woman Bluesがようやく発見,復刻された,なんていうこともあった.その70年ぶりに日の目を見たCold Woman Bluesというのはかなりの傑作ではないかと思う.

ブラインド・ジョー・レイノルズに関しては,ゲイル・ディーン・ワードローがリサーチをしていて,その結果はHe's A Devil of a Joeという記事(Chasin' That Devil Music, Miller Freeman Booksに収められている)で発表されている.それによると,次のことが分かったとされている.

(1)タレント・スカウトのH.C.スパイアはブラインド・ジョーをルイジアナ州レイク・プロヴィデンスの近くの製材所のバレルハウスで発見した,と言っていること.
(2)ルイジアナ州モンローで演奏していたジョー・シェパードという人物にたどり着いたこと.
(3)シェパードは1968年に亡くなって,ワードローは接触できなかったものの,その甥はレイノルズの録音を自分の叔父によるものと認めたこと.
(4)シェパードはヴィクスバーグから20マイルのルイジアナ州タルラーで育ったこと.
(5)「レイノルズ」という偽名は,タルラーの北数マイルにある地域の名称から付けたものかもしれないこと

このワードローのリサーチは,多くの証言に基づいたもので,疑う余地があるようにも思えない.ところが,ヴァン・デル・トゥークによると,ブラインド・ジョー・レイノルズはジョー・シェパードとは別人かもしれない,ということなのだ.

ヴァン・デル・トゥークは,まずParamountレーベルのマトリクス番号に着目している.レイノルズの録音の番号は次のようになっている.

L-144-3 Outside Woman Blues
L-145   Ninety Nine Blues
L-146-2 Nehi Blues
L-147   Cold Woman Blues

この直前にはウェスト・バージニアのアーティスト,直後にはセントルイスのアーティストのグループが録音している.例えばセントルイスのバレルハウス・バックはL-152,L-153,チャーリー・マクファデンL-154,L-155,となっている.そうすると,番号のつながり具合からすれば,レイノルズとセントルイスに何か関係があるかもしれない,ということになる.

記事は,レイノルズがレイク・プロヴィデンスでスカウトされたということは否定していないのだが,Paramount録音の後,同じスタジオに居た他の音楽家と共にセントルイスへ移住したのではないか,と推測している.

レイノルズは,Paramountの後,Victorにブラインド・ウィリー・レイノルズの名前で録音する.そのVictorで録音された曲名の中に,Third Street,それからGoose Hillという地名が出てくる.ゲイル・ディーン・ワードローは,ベス・ミラージという人の証言として,これらがヴィックスバーグにあった場所だとしている.ところが,ヴァン・デル・トゥークはグース・ヒルという地名がヴィックスバーグにあったという証拠はない,としている.一方,イースト・セントルイスには,グース・ヒルと呼ばれる地区が今でもあるという.

グース・ヒルがイースト・セントルイスの地域であれば,サード・ストリートもイースト・セントルイスに以前存在した有名な歓楽街のように思われる.ピーティー・ウィートストローが住んでいた,という地域だ.確かに,地名に関してはこちらの可能性が高そうに思われ,レイノルズがセントルイスかイースト・セントルイスに居たというのは辻褄が合いそうだ.

ところで,セントルイスのある住人の死亡証明書が発見されている.死亡の日時は1931年3月21日午後11時45分,死亡したのは37歳くらいの黒人で,氏名はジョー・レイノルズ,職業は「ミュージシャン」.出身地はアラバマ,となっているそうだ.これがレコードを出していたブラインド・ジョー・レイノルズなら,レイノルズがセントルイスの住人だったという仮説は正しそうに思われる.そうだとすれば,1968年まで存命だったジョー・シェパードの方は「人違い」となるのだが,どうなのだろう?

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2017年9月 3日 (日)

出版物から(1)

Zydecodisco Robert FordとBob McGrathによるThe Zydeco Discography 1949-2010 (Eyeball)を買った.これは,The Blues Discographyみたいな大判の本ではなくて,ブルース・アンド・ソウル・レコーズ誌などと同じ大きさの本だ.

ザディコはあまり聞かないけれど,これを見ると,そうか,それでも1%くらいは聞いているな.この本は382ページだから,3ページか4ページ分くらいだなあ.

少し前にJ・J・ケイリアー(カタカナがこれでよいのか,分からない)のレコードのことを書いたとき,どうもデータが分からなくて,それで,この本も持っていた方がいいんじゃないか,と思って入手したわけ.

それで,どうもJ・J・ケイリアーというのが今活躍中のJ.J. Caillier IIIとは違うんじゃないか,とは思っていたが,このディスコグラフィーを見たらはっきり分かった.やはり,このケイリアーはJ.J. Caillier IIIの父だった.1986年ラフィットで録音されたもので,息子のケイリアーIIIはキーボード,アコーディオンはファーネスト・アーセノー,サックスとウォッシュボードがキャット・ロイ・ブルサード,などというメンバーだそうだ.

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2017年8月28日 (月)

偉大な先駆者

ブルース音楽に関する研究の草分け,ポール・オリヴァー氏が亡くなったそうだ.90歳だったそうだ.一昨年にはサム・チャーターズも亡くなったし,ミュージシャンだけでなくブルース音楽の魅力を文章で伝える人の方も,まあ,段々とね.

氏の著書では,ブルースの歴史(晶文社),ブルース―アフリカ(晶文社),ブルースと話し込む(世紀音楽叢書),が日本語になっていると思われる(他にもあるかな?).特に「ブルースの歴史」と「ブルースと話し込む」は,日本人がブルース音楽を理解するための手がかりとして,欠くべからざるもの,であろう.他にもScreening The Blues, Blues Fell This Morning, Songsters And Saints, と重要な著作がある.それにレコードの監修,解説も数多くあった.

Screening The BluesとかBlues Fell This Morningの目次を見れば,クリスマスとブルース,宗教とブルース,賭け事とブルース,ヒーローとブルース,エロとブルース,旅とブルース,迷信とブルース...ブルース音楽に関する面白そうなテーマはオリヴァー氏がみな手を付けているではないか.それに,ソングスターが残した作品のルーツを探りながらレイス・レコーズ以前のアフリカン・アメリカン音楽の状況に迫るSongsters And Saintsも他に類のない力作だった.

音楽評論の仕事は,1952年のJazz Journalに掲載された記事が最初(Blues Off The Record, Da Capo)だそうだが,以後,英国の大学で建築学の研究を本業としながら,音楽の方でも,「ブルースと話し込む」のような密度の高い仕事をしてきたのだから,大変なエネルギーの持ち主だった.本人は建築学と音楽の関係について,建築の方ではvernacular architectureが専門で,ブルースもveranacular(土地に特有の)な音楽だし,みたいなことを書いていた(これもBlues Off The Record).

1997年には日本にやってきて,金沢市で開催された国際ポピュラー音楽学会大会で講演をしている.そのときの予稿は翻訳され,現代詩手帖1997年10月号に掲載されていたりする.ブルース音楽とネイティブ・アメリカンの関係,という内容で,関係は結局よく分からないようなのだが,着眼点はさすがに面白い.

オリヴァー氏の著作,これを機会に読み直すのもよいのではないか.

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2016年11月28日 (月)

今度出た本は

ザディコのディスコグラフィーですって.

http://www.eyeballproductions.com/

そっち方面の愛好家の皆様は、ぜひどうぞ。

Zydecodiscography

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2016年7月17日 (日)

本といえば

Preachin_the_blues_small 5年も前に買った本のことだけれど,読んでいて,へえ,と思ったことがある.それはDaniel Beaumont, Preachin' The Blues - The Life and Times of Son House, Oxford University Pressという,タイトルの通りのサン・ハウス一代記.色々知らなかったことはあるけれど,「へえ」というのはハウス再発見の直前,ニューヨーク州ロチェスターでハウスと交流があったというミシシッピ出身のブルースマン,ジョー・ベアードという人物のことだ.

ジョー・ベアードは,ミシシッピ州アッシュランドの出身で,アッシュランドはミシシッピ北部の小さな町のようだが,音楽家はいたらしい.それで,彼の子供の頃の友達にダン,フロイド,メルヴィン,マットのマーフィー4兄弟というのがいたのだそうだ.マットは我々の知っているマット・ギター・マーフィー,それにフロイド・マーフィーも知られているけれど,あと2人いたのか.マット・マーフィーの出身地はミシシッピ州サンフラワーということになっていて,アッシュランドとはかなり離れているのだが,引っ越してきたのだろうか.それで,ベアードとマーフィー兄弟がアッシュランドで見ていた歌手が,あのネイザン・ボーアガード(ビューアガードとも表記されていた)!

ボーアガード,ここで名前が出るのか.ネイザン・ボーアガードと言えば,以前は1863年生まれとか1869年生まれとか言われていて,1968年に初めて録音したときは100歳とか99歳とかで,ブルース史上最年長録音記録の保持者,というイメージだった.ところが,どうもこの年齢は眉ツバものだったようだ.

Blues & Rhythm誌217号(2007年3月)でクリス・スミスという人がボーアガードについて短いレポートを投稿している.それによると,アッシュランドの複数の記録にネイザン・ボガードという人物が記載されていて,それがボーアガードのことらしい.生年は記録により食い違っているが1890年前後の生まれのようだ.だから録音時に100歳とか99歳ではなく,まあ普通の年寄だったわけで,なーんだという感じではある.

ボーアガードの録音はLPではBlue Thumbなどで出ていて,日本発売もされたと思う.また,今もArhoolieのCDで聞ける.もっとも,普通の年寄となると,聞く価値があるのか疑問だけれど.

それにしても,マット・マーフィーがボーアガードを間近に見ていたなんて,考えもしなかった.音楽からいったら共通点ないんだもの.彼ら二人ににつながりがあったとは普通は思えない.でも,そうやって,マーフィーも子供の頃からブルース音楽に接していたんだなあ.

ということで,マット・マーフィー活躍のレコードを.

Memphis Slim, Guitar Cha Cha Cha b/w Stroll On Little Girl, Vee Jay 271.

Veejay271 1958年録音で,ギターはもちろんマット・ギター・マーフィー.

インストゥルメンタルのGuitar Cha Cha Chaは,キューバ発祥のダンス音楽チャチャチャの流行に乗ろうとしたもの.ギター・ソロになると,マーフィーさん格好良い.ネイザン・ボーアガードのSpoonfulなんて聞いていた子供がこんなことをやるのだから,すごい成長だ.

メンフィス・スリムのよく響く美声はスローのStroll On Little Girlで.バンドのメンバーがコーラスを付けるのが少し変わっている.

ところでAdelphiのLPの解説書には高名なプロデューサー,ウイリー・ミッチェルがボーアガードのgreat grand nephewだ,なんて書いてあるそうなんだが,本当だろうか.

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2016年7月10日 (日)

話し込んで,分かること

Conversation_2 ブルース音楽に関する古典的な著作,Conversation With The Bluesの邦訳版,「ブルースと話し込む」が出版された.タイトルは昔のビッグ・ビルの曲名を上手く再利用したもの.初版は1965年の出版というから,50年も前のことで,日本語版が出るまでずいぶん時間が掛かったもんだ.手遅れ,なんて言葉も頭に浮かぶが,出てよかった.

ブルースの歌い手,関係者の証言をつなぎ合わせ,ブルース音楽とは何で,人の心にどう作用して,この音楽がどう発展してきたか,の物語にしたもの.個別に記録された膨大なインタビューを切り出して,互いの関連を考慮しながら,選び出して並べ替え,読み物にしているのだけれど,著者は途方もない労力を費やしたものと思う.

訳者あとがきでは,イーディス・ジョンソンの証言を例として,非黒人が聴く場合との違い,が語られる.それはその通りなのだけれど,本書に収められた証言を見ていると,優れたブルースを聴けば,日本人の耳でもそれなりに特別な音楽に聞こえることも納得できるんじゃないか.そうでもないか.

今まで,この本を1997年の2nd Edition(ケンブリッジ大学出版)で持っていて,関心のあるところだけ拾い読みしていた.日本語だとすいすい読めるから,より物語の流れをつかみやすい.リル・サン・ジャクソンの口調がツボでしてね.一方,付録CDは無くなったし,写真も一部割愛され,索引はインタビューした人だけ,ということで情報がいささか失われていることは否定できない.

著者ポール・オリヴァーは英国人で,本業は建築学の研究者なのだが,米国に渡って今昔のブルース歌手,関係者を見つけて,話を聞いて録音して本を作る,とはよく思いついて,よく実行したものだ.今も人種間のあれこれで物騒な事件が起きるアメリカ合衆国だが,白人が深南部で黒人の話を聞いて回るのは危険もあっただろう.本には出てこないが,ミシシッピで薬局をやっていたアーロン・ヘンリーという政治家になる人物にもインタビューしたそうだ.その数週間後,ヘンリーの店は爆破され,オリヴァーは「自分が訪問したせいか」と恐ろしく感じたそうだ(Paul Oliver, Blues Off The Record, Da Capo Press).

Vocalion05539_2 なんか,レコードのレーベル・スキャンを,とういうことで,これを.本書104ページに登場する人物のレコード.

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2015年12月 9日 (水)

Living Blues, #240

Living Blues誌の最新号が出た。

http://digital.livingblues.com/publication/?i=282718&p=1

これ,サニー・グリーンが表紙だ.それで,特集記事はサニー・グリーンをはじめとする「南ロサンゼルスのアンダーグラウンド・ブルース・シーン」だって.知らない人だらけで,サニー・グリーンの他はジョー・キンケイドって人くらいしか名前を見た覚えがない.それにしても2015年のロサンゼルスで,こんなにブルース屋がいろいろいて,その音楽に需要があるのか.信じられん.

YouTubeで最近のサニー・グリーンを見ると,さすがに声は荒れぎみで,昔のレコードのようにはいかないようだ.しかし,声が荒れたのは,長年に渡り,休みなく力いっぱい歌い続けてきたことの証明でもあるだろう.

プロデューサー/アレンジャーのマイルス・グレイソンは,サニー・グリーンをZ・Z・ヒル以上に評価していた,なんて話も記事に出てくる.

もう一つ,謎に包まれていたフィラデルフィアのギター・スター,ボビー・“ギター”・ベネットの正体が明らかにされたことにも驚く.へえ,こんな顔だったんだ.

他に十代のブルース兄弟の話題とか,クイントン・クランチ伝とか,たまに見るとこういう雑誌も面白いね.

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2012年7月 6日 (金)

オーダーしたよ

The Blues Discography 1943-1970の改訂版が出たそうだ.

ぽちっとしてしまった.

http://www.eyeballproductions.com/pages/blues%20discography.html

表紙のデザインは前の方が好きだけど.

Bd1cover

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2011年2月28日 (月)

The Blues Discography 1971-2000

1週間ばかり前のこと,The Blues Discography 1971-2000を検索ワードとして当ブログを見にきた人がいた.さては,と思ってEyeball ProductionsのWebサイトをチェックしたら案の定出てた.

Robert Ford and Bob McGrath, The Blues Discography 1971-2000 - The Later Years, Eyeball, ISBN 978-0-9866417-3-2.

さっそくオーダーして,今日届いた.

Blsdiscolatercov

このディスコグラフィーの扱う範囲,方針はイントロダクションのところに簡潔に記されている.曰く,
・ソウル・ブルースの扱いが問題だったが,割愛した人もあるし,一部だけ載せた人もある(Z・Z・ヒルはMalaco録音は載っているけれど,Hill/MHRのブルースは載っていない).
・ザディコ/ケイジャンはThe Blues Discography 1943-1970に載せた人だけにした.
・白人ブルース/ロックは原則として載せないが,アフリカン・アメリカンの歌手をよくフィーチャーするアーティスト(ボブ・リーディーみたく)は載せた.
・1971年以降はシングル盤よりもアルバムがより重要になったことを考慮している.

実際,アルバムに関する情報が豊富になったのは確かで,セッション・データにアルバムのタイトルも記されている.また,The Blues Discography 1943-1970の裏表紙は78回転盤と45回転盤の歴史的名曲のレーベル・スキャンだったが,今度のThe Blues Discography 1971-2000はアルバム・ジャケットのスキャンになっている.

Blsdiscolaterback

う~ん,コレが入るか,という気がしないでもないのがあるかな.あと,巻末にはLP/CDのアルバム・リストも付いている.

しかし,伴奏者索引がないんだよな.あちゃー.

誰々がギターを弾いているセッション,などというのを見つけようとしたら,1ページ目から最後のページ(559ページ)まで目を皿のようにして探すのか,これ.大変過ぎ,いや楽しすぎるじゃないか.

The Blues Discography 1943-1970は628ページだから,559ページは比較するとちょっと薄く感じる.

Bookshelf

The Blues Discography 1943-1970は,カバーのビニールのコーティングが剥がれかかってきたよ.今度のもそうなるかな.

当分の間,アレは出てる,アレは出てない,と楽しめそう.日本で録音されたものなんかもしっかり記載されている.謝辞のところに永田鹿悟氏の名前なんかも出ているから,日本国からの情報も反映されたものと思われる.

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2010年10月 3日 (日)

買いますか?

The Soul Discographyの第1巻が出た.第3巻まであるそうな.

http://www.eyeballproductions.com/pages/sould.html

ワタクシ的には,とりあえず,まあ,いいかな,と.

The Blues Discography 1971-2000の刊行予定もアナウンスされていて,そっちは買い,だろうな.

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