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2017年10月 9日 (月)

ブルース・ハーモニカの源流

前回紹介した本,Blues for Francis (Music Mentor Books)の118ページ,「白人のレコード会社は1920年台までは基本的に黒人音楽を録音しなかった」という文に脚注がついている.その脚注は,「カズンズ・アンド・デモス,ディンウィディー・カラード・カルテット及び多くのジュビリー・グループによる録音,それにヨーロッパで行われた驚くべき数の録音によって,この説は今では成り立たないものと研究者は考えている」としている.そうだ,この「ヨーロッパで行われた驚くべき数の録音」のことを書こうと思っていたのだ.

1920年代以前に,ヨーロッパで録音された黒人音楽を,可能な限り集めたCDのボックス・セット,というのが販売されている.Black Europe, Bear Family BCD16095,というのがそれだ.LPサイズ,厚さ8.5cmの箱に収められたCDの数は44枚,これに300ページほどの解説書が2巻,これはライナーノーツなどではなく,ハードカバーの「本」というべきもので,ずっしりと重い.その他に解説書の索引やディスコグラフィカル・データのpdfファイルを収めたデータCDもついてくる.お値段も重量もそれなりのものだ.

さて,CDが44枚あっても,大半はさほど興味がわかない.アフリカン・アメリカンのものは4割くらいだろうか.残りはアフリカ大陸の人がヨーロッパで録音したものだ.アフリカン・アメリカンのものでも,ブルース好きが聞けるものはさらに限られる.それでも,いくつかは聞く価値がある.

この大仰といってもよいCDセットを買い込んだのは,ピート・ハンプトンの録音が一気に76トラックもリイシューされたからだ.これまでは3曲くらいしか聞いていなかったので,こんなにCD化されていると知ったときは,かなり驚いた.ピート・ハンプトンは,1871年,ケンタッキー州ボウリング・グリーン生まれの歌手,ハーモニカ,バンジョー奏者で,1903年に英国に渡り,同年から1910年までの間,英国で多くの録音を残している.

ハンプトンの録音で,特に重要なのは,何バージョンか収められた(The, Dat) Mouth Organ Coonだろう.1904年のNicoleレーベルに録音された2つのテイクが良いと思う.何やらのどかな調子の歌で始まるが,やがて曲は加速し,ラグタイム・ピアノをバックにハーモニカ・ソロが始まる.リズミカルに,ノリよくハーモニカを吹きながら,「わうわー」と叫んだりするのだが,聞いていると,「これは,だいたいサニー・テリーみたいなもんだね」と思う.誰しも考えることは同じとみえて,分厚い解説書にも,「何十年も後,サニー・テリーのレコードで1940年代以降に広まったスタイル」と書かれている.音をベンドする技術もいくらか使われている.とにかく,これがアフリカン・アメリカンによるハーモニカ演奏として最初に録音されたもので,後の録音とのつながりも感じられるのだから,重要なものだろう.

ハンプトンの録音では,他にI'm Goin' To Live Anyhow Till i Dieというのも良い.これもラグタイム・ピアノをバックにノリがよく,バージョンによっては「ウェーイ!」とシャウトして盛り上げたり,なかなかのものだ.黒人作曲家のシェップ・エドモンズが1901年に発表した曲で,楽譜としてよく売れたらしい.1920年代には白人ミュージシャンによって何度か録音されたそうだが,黒人の間でもそれなりに知られた曲と思われる.というのは,ハンプトンの録音から55年後,1959年にミシシッピでアラン・ロマックスが録音したギターとヴァイオリンのデュオ,マイルス・プラッチャーとボブ・プラッチャーのI'm Gonna Live Anyhow 'Til I Die (リイシューはYazoo Delta Blues and Spirituals, Prestige LP25010など)に,この曲の痕跡が見えるからだ.

他に,Peter C. Huir, Long Lost Blues, University of Illinois Pressで「プロト・ブルース」とされ,後にスタンダード化したBill Bailey, Won't You Please Come Homeが何バージョンも収められているのも注目される.

ハンプトンは,Poor Mournerなんて曲も録音している.故ポール・オリヴァーが,Songsters and Saintsの中で,フランク・ストークスのYou Shallと結びつけて解説していた歌で,米国ではスタンダード・カルテットやカズンズ・アンド・デモスによって1890年代から録音されていた曲だ.ところが,この録音はレコードが見つからないらしく,残念なことにCDには入っていない.黒人作曲家ボブ・コールとジョンソン兄弟の有名曲で,何人かの歌手が録音しているUnder The Bamboo Treeもレコードが見つからなかったようで,CDに入っていないが,これも聞いてみたかった.

CDセットには他にも注目作はあるが,それらについては,またの機会に.他のリイシューで出ていたものもあるが,音は良くなっている.例えば,ザ・ヴァーサタイル・フォーのDown Home Rag(1916年録音)などは不朽の傑作,と思っているが,以前のDocumentのリイシューなどよりずっと良い音だ.

高価なボックス・セットを特に勧めるわけではないが,紹介はしておきたかったので.




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