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2016年8月

2016年8月28日 (日)

ザディコのザの字も

ノーラン・ストラックはICTやShamaでシングル盤を出し,バスター・ベントンのLPでベースを弾くなど,1970年代半ばまではシカゴでキャリアを積んでいた.その後,ミシシッピ州ジャクソンで,ジェイムズ・ベネットのレーベルからLPを出し,ブルース/ソウル・シンガーとして一段階出世したようだった.これはベネットのレーベルから1980年に出た両面ブルースのシングル盤.

Nolan Struck, My Nerve's Gone Bad b/w Fire Don't Burn All The Time, Retta's 004.

Rettas004 アレンジにはストラックの兄,キング・エドワードも参加している.ギターもエドワードなのかもしれない.キング・エドワードはジャクソンで今も元気に活動していて,Living Blues誌244号に記事が出ている.これを読むと,いろいろ初めて知ることがある.

ノーラン・ストラックことノーラン・アントワーンとキング・エドワードことエドワード・アントワーンが兄弟であることは知っていたが,彼らが生まれたのはルイジアナのレインという,フランス語を話す地域だったそうだ.そういう土地だと親しむ音楽としてはザディコということになる.父親はザディコのラブボード奏者だったそうだし,キング・エドワードは十代の頃しばらくクリフトン・シェニアのバンドに居たそうだ.また,クリフトン・シェニアのアルバム,Louisiana Blues And Zydeco(Arhoolie LP1024)ではフルトン・アントワーンという人物がベースを弾いているけれど,この人もキング・エドワード,ノーラン・ストラックの兄弟だという.

そういう環境で育ったノーラン・ストラック,キング・エドワードもそうだけれど,録音を聞く限り全然ザディコっぽいところはなくて,意外だった.

My Nerve's Gone Badは,B・B・キングのThe Thril Is Goneみたいな,ストリングス入りのマイナー調のブルース.このレコードを入手した頃は,ストリングスが前面に出すぎなようにも,甘口過ぎるようにも思ったけれど,いま聞き直すとそんな感じがしない.ソウル・ミュージックのマーケットに向けて1980年にリリースされた新作ブルースのアレンジとしてはごく自然なものに聞こえる.ストラックの歌は,高い声を自由にコントロールして,表現力豊か.

Fire Don't Burn All The Timeはファンク・ブルース.リズムにしなやかに絡みつく声が良くて,傑作の部類だと思う.

ノーラン・ストラック,長年に渡りぽつりぽつりとアルバムを出して,まだ元気だろうと思う.最近ニュースはないようだけれど,どこでどうしているだろう.

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2016年8月21日 (日)

古風な新人あらわる

前回に続いて,ジェイムズ・ベネットのレーベルから出た,ミシシッピ州ジャクソンで制作されたレコード.

J.T. Watkins, Baby Let's Get Married b/w Lady's Man, Big Thigh 001.

Bigthigh001 J・T・ワトキンズという人について,何者とも知らずにこのレコードを聞いていた.ところが,Living Blues誌の最新号(No.244)のジャクソン・ブルース特集の中に,この人に関する記事があって,どういう人なのか,ようやく分かった.記事によると1950年生まれ,ジャクソン育ち,14歳のときから歌っていたが,1987年のこのBig Thigh盤がデビュー録音なのだそうだ.その後ジョニー・ヴィンセントのAceからアルバム1枚,自身のレーベルからさらに3枚アルバムを出したそうだから,意外と録音している.

Lady's Manは,バンド付きのジョン・リー・フッカーを100倍くらいに希釈したような曲.ワン・コードでいつまでも続いていく感覚に,マディ・ウォーターズのManish Boyを思い出したりもする.しかし,過去の偉人と比較するまでもなく,どうにも小物っぽさ全開で,迫力不足なのは否定できない.それでも,昔ながらのブルースがそれなりに心地よくて,和む.

Living Blues誌の記事によると,ジャクソンのクラブで毎週行われるブルー・マンデイのセッションにワトキンズが現れると,きまってマッキンリー・ミッチェルのThe End Of The Rainbowを歌うんだそうだ.そういうソウル・バラッド歌いの面はBaby Let's Get Marriedに表れているか.シンプルなソウル・バラッドで,こちらも和む.だけど歌に素人っぽい面もあるようで,あまり本格派のソウル・シンガーとも思えない.

J・T・ワトキンズ,力量があるとは全然思わないけれど,1987年という時期に,7インチのシングル盤というメディアで,Lady's Manみたいな古いスタイルのブルースでデビューするというのは,面白い人ではある.

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2016年8月14日 (日)

故郷へ錦?

マッキンリー・ミッチェルは1960年代にはOne-Derful!,1970年代前半にはSpoonful,Big 3,Big Boyというように,シカゴのレーベルに録音を続け,ときにヒットを飛ばしていた.しかし1976年,育った土地で,母親が暮らしていたミシシッピ州ジャクソンに移り,ジャクソンで録音をするようになる.その中には,なかなかのソウル・ブルースもある.

McKinley Mitchell, Road Of Love b/w Blues Woke Me Up This Morning, Retta's 005.

Rettas005 ジャクソンでは1977年から1980年にかけてMalaco/Chimneyvilleからレコードを出していて,それらはLP/CDにまとめられている.ジェイムズ・ベネットというレコード屋のオーナーが運営していたRetta'sとかMTとかのレーベルにシングル盤やらLPやら録音したのはその後のことのようだ.このレコードには1982年のコピーライト表示がある.ジェイムズ・ベネットは録音にMalacoスタジオを使っていて,これもそうだろうと思う.

Road Of Loveは,やや速めの,クールでメロウなブルース.ミッチェルは巧みな歌い口で音楽に聞き手を引き込む.が,楽曲としては,どうも最後まで淡々と進行するところが物足りないようでもある.もうちょっと,こう,盛り上げる展開が必要だったのじゃないか.

Blues Woke Me Up This Morningは,けだるい雰囲気の,スローなソウル・ブルース.こちらもクールで,もう少しホットになって欲しいところ.しかし,じっくりと歌われて,歌の良さはある.

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2016年8月 7日 (日)

野球の季節

大リーグ,マイアミ・マーリンズ所属のイチロー選手,今日ヒットが出たとかで大リーグ通算2999安打,ということで近く通算3000安打に到達しそうだ.そこで,大リーグの記録達成に関係するものを.

McKinley Mitchell/Willie Dixon's Chicago Blues All Stars, That Last Home Run b/w
All Star Bougee, Spoonfull (no number).

Spoonfull_nonumber これは,強打者ハンク・アーロンが,1974年4月,通算本塁打数で長く破られることがなかったベイブ・ルースの記録を上回ったとき,ウィリー・ディクソンがその偉業を讃えるため作ったレコードなのだそうだ.ハンク・アーロン,覚えている.日本にやってきて王選手とホームラン競争をやったりしたもんだ.ウィリー・ディクソンは,シンシナティ・レッズの本拠地,リバーフロント・スタジアムまで行って,このレコードを売った,というのだが,何枚売れただろう(Willie Dixon and Don Snowden, I Am The Blues, Da Capo, 1989).

野球絡みのブルースというのは,それほど多くもないかな.セシル・ギャントが「愛は野球場でやる試合みたいだ(Lost Love BluesI Gotta Gal)」としみじみ歌っていたのを覚えている.あと思い出すのは,ジミー・ヤンシーはシカゴ・ホワイトソックスの本拠地,コミスキー・パークで働いていただけに,White Sox Stompというタイトルの曲を録音してる,とかだけど,まだ他にもあるだろう.

That Last Home Runという曲だけれど,いかにもウィリー・ディクソンの作りそうなノベルティーR&B,というもの.歌っているのはマッキンリー・ミッチェル.ビリー・ブランチのハーモニカ,バスター・ベントンのギター,というシカゴ・ブルース・バンドの伴奏で,どちらかといえばソウル・シンガーのミッチェルが実力を発揮できるかといえば,ビミョーだけど,そうカタいことをいう曲ではないみたい.迫力ある声は聞ける.ぼんっ,という打球音(にしては低い音だが)と観衆の喝采という擬音付き.

All Star Bougeeはアップテンポのインストゥルメンタル・ブルース.ハーモニカ,ギターと順に手慣れたソロを弾いて,まあ悪いことはない.ラファイエット・リークのピアノからディクソンのベース・ソロになるところは,また,これ?みたいな感じがあるけれど.

The Blues Discography 1971-2000によると777-20という番号でも出たようだけど,手元の盤には番号がない.

最新のLiving Blues誌(244号,p.16)にはマッキンリー・ミッチェル,ミシシッピ州ベントニア生まれでジャクソン育ち,と書いてある.へえ,ベントニア出身だったのかあ,スキップ・ジェイムズみたいな人だな.彼のMalaco/Chimneyvilleの作品は良かったと思うけれど,51歳で若死にしてしまった.

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