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2011年5月 3日 (火)

Spanish Tingeの大三角形

脱線しますよ.

Gus Jenkins, Jealous Of You Baby b/w Off The Road, Pioneer International 1006.

Pioneer1006 ガス・ジェンキンスはTrickyとかインストゥルメンタルの曲で売れたから,インストの曲が多いけれど,歌手としても強力だ.Jealous Of You Babyでは歌っていて,これが彼としては異色作で,リトル・リチャード風のR&R/R&B.重厚なスロー・ブルースを期待していると当てが外れるが,これも聞きなれると悪くない.

さて,Off The Roadの方はインスト.それで,ジミー・ヤンシー風の,あのベース・フィギュアで曲が始まる.というか,全編そのベースにのって曲が展開し,ほとんどガス・ジェンキンス版のYancey Specialといってもよさそうな演奏だ.分厚いホーンが入るから,ヤンシーみたいなピアノ・ソロのブギウギ曲とは違うけれど,これはまたナイスR&Bインスト.

ジミー・ヤンシー風のベース,譜面だと

Spanish

みたいなのはこのガス・ジェンキンスの曲だけでなく良く使われていて,ジェイ・マクシャンのReachとか,リトル・ウィリー・リトルフィールドのMean Mean Womanとか,まだ色々あるだろう.ヤンシーがよく使ったベースといっても,ヤンシーが録音する前から録音はあって,古いものではジョージ・ハンナーが1930年に録音したFreakish Man Bluesがある.これのピアノはミード・ルクス・ルイスで,彼がどうしてこのベースを覚えたのかといえば,同じシカゴに居たジミー・ヤンシーの演奏を見て,というのが最も考えられる.このピアノの左手のパタンをよくSpanish Tingeと呼んでいる.直訳するとスペインっぽさ,ということか.シカゴの特定のピアノ弾きだけがSpanish Tingeを使ったわけでもない.

リトル・ブラザー・モンゴメリーの左手は多彩なのだけれど,たまに手癖のようにSpanish Tingeを使う.あの人はシカゴでの活動が長く,ヤンシーとも交流があったようだけれど,ルイジアナ州の出身で,そっちでSpanish Tingeを身につけたのかもしれない.Spanish Tingeはルイジアナ州ニューオーリンズのピアノのスタイルだとも言われるからそう思うのだけれど.Spanish Tingeを弾くニューオーリンズのピアニストの代表はジェリー・ロール・モートンで,彼の国会図書館録音,New Orleans Bluesなどでそれが聞けるという.そこで,その録音をCD(Rounder CD1094)で聞いてみると,ヤンシーのと同じだとは思わないが,長く引っ張る拍と短い拍を組み合わせたベースは共通している.1930年代にSpanish Tingeを使った曲を録音したリトル・デイヴィッドという人もニューオーリンズの人らしく思っているが,どうだろう.

ジミー・ヤンシーはどうしてあのリズムを弾くようになったのだろう.20世紀始めに米国内でハバネラのリズムが大流行したことがあって,それをヤンシーが覚えたから,という説明がある.ハバネラってキューバか.もう一つの説明は1910年代にニューオーリンズからトニー・ジャクソンとジェリー・ロール・モートンという2人のピアニストがシカゴまでやってきて,ヤンシーは彼らを聞いてSpanish Tingeを覚えた,というものだ(Silvester, A Left Hand Like God, Da Capo).果たして,ヤンシーのいたシカゴとキューバの間に線は引けるのか,それともシカゴとニューオーリンズの間に線は引けるのだろうか.

ところで,ちょっと聞いてみたい古い録音がある.ルイ・ジョーダンのカリプソっぽい曲でRun Joeというのがあるけれど,その作者を見てほしい.W. Merrickという人名があるはずだ.これはウォルター・メリックというカリプソ方面のピアニストで,出身はカリブ海のセントビンセント島,それでトリニダード育ちという人物だ.古い人で,1921年4月にニューヨークで自己名義の録音と,ジョニー・ウォーカーという歌手の伴奏で録音を残している.

問題はその1枚,Victor 73060というレコードなのだ.1921年だからラッパ吹き込み(アコースティック録音)だね.片面はメリック名義でBull Dog Don't Bite Me - Tobago Paseoという題名が付いている.それで,その内容は,「セオドーア・ヴァン・ダムによれば『ジェリー・ロール・モートンのSpanish Tingeの典型でもあり,初期のブルースとブギウギ・ピアノのスタイルでもある』」って,おいおいおい,これは本当かね.大変だあ.1921年にレコードに録音されたブギウギ・ピアノがあるって,それ,ただ事じゃないんだが.それがSpanish Tingeを使っているって,一体どうなっているんだ.

そのレコードの反対面はジョニー・ウォーカー名義で,Go Way Girl - Trinidad Carnival Calypsoという題名だが,こっちは「メリックは『昔の(ジミー・)ヤンシーや(ジャック・)デュプリらのローリング・ベースを非常に効果的に」使っている」そうなのだが,そんなのがあったのか.これは,Robert Springer(編著),Nobody Knows Where The Blues Come From: Lyrics And History, University Press of Mississippiに収められた,John CowleyによるWest Indies Bluesという章に出ていることで,上に書いたのはその引用だ.

しかし,このメリックとウォーカーによる今から90年前のレコード,どうやれば聞けるのだろう.これを書いたジョン・カウリーという人も自分では聞いてないようで,セオドーア・ヴァン・ダムという人によれば,という書き方だ.もしかして,ほとんど誰も聞いてないようなレコードなのだろうか.ヴァン・ダムという人のレポートは1954年のRecord Changerという雑誌に出ていたものらしいが,そんなに古くから記事があるなら何かピアノ・ブルース方面のリイシューで出ていそうだが,見た覚えがない.トリニダード関係の古い録音のリイシューCDはHarlequinとかRounderとかであるけど,そういうのでもこれは出ていないでしょ?

シカゴのジミー・ヤンシー,ニューオーリンズのジェリー・ロール・モートン,トリニダードのウォルター・メリック,彼らがそれぞれ独自に自分の好みと工夫で演奏していたらたまたま同じようなリズムになっちゃった,という可能性はもちろんある.だけどねえ,これは共通のオリジンがありそうな感じでもある.シカゴとニューオーリンズとトリニダード,互いに線で結ばれていて,地図上に三角形を作るのだろうか.

Triangle03

ちなみにガス・ジェンキンスの故郷はアラバマ州バーミンガム.三角形の内側に位置している.

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